ニンゲンは群れる動物です。
相互扶助する関係が、心地よいのは自然の摂理かもしれません。
個人で生きることが『自由』なのではなく、地球の他生命と共生できる方が幸福で、結果的に動物としての自由を手に入れるのではないかと思うことがあります。
私は都会に生まれて、ずっと都会のなかで生きて、車を除けながら遊ばなければならず、公園すらない環境に育ちました。
でも、美味しい水と、青い空と、土と、緑溢れる場所が大好きです。
だから都会の中にいる自分は、自然との共生なんてできないだろうと、かつては感じていたのです。ところが、マンションの中にいても、それは可能だと気づいたのです。
ニンゲンは地球上の単なる生物の一種なので、やはり他生物(動植物など)と共存している実感があると、生命力も漲ってくるような気がします。
恵みに感謝しながら、毎日下記のようなことをして、家族全体のQOLをあげるよう努めています。
役割分担
生きることは殺すことです。それは循環とも言えますが、私達は祖先にはじまり、たくさんの生命を殺し続けて今に生きています。
家族の生きる基本となる食事については、きちんと想いを馳せたいと、日々話題にのぼるテーマのひとつとなっていて、命の恵みにありがとう、と心から言えるような食事を提供できるよう努めてきました。
手間ひまがかかることは、やはりそれだけの価値があることが多いと感じます。
それらを継続するために、私達家族は役割分担をしているようなものです。
誰かが外で働いてお金を持ってきて、私は家族全体の生活の質や食の質をあげ、皆が笑顔で健康に暮らせるように全般を管理します。
娘はアルバイトをしながら、家畜を育て、多くの人に食を提供しています。
息子は社会のためにと勉強を続けていて、そのための身体づくりに筋トレも欠かしません。
時間に追われて、家族や自分の食事を蔑ろにしたなら、脳や体の細胞一つ一つが食べたものでできているのだから当然不健康になり、精神的にも堕ち、家族にも迷惑がかかります。
総合的にケアする事は簡単ではありませんが、誰かがきちんと学び、家族全体を看ることができれば、病院に行くこともなく、各々がやりたいことに邁進できます。
建築で言えば基礎を造るということですね。
効率がいいのは、役割それぞれをその中で一番得意な人に任せるということです。
私は昔から基礎がためが得意です。ですからこの役割は私が担います。
子どもたちの勉強も仕事も、身体という基礎があってこそ。
長男は事故で腰椎をなくしたのに、下半身不随から歩けるようになりました。次男は電気ガス水道もない村で農業をしながらアフリカで二年も暮らしていました。
娘は60キロの餌袋を炎天下で運んだり、100キロをこえる豚の世話にも従事していますが、病院に行ったことはありません。細い子なんですけれど。
食を丁寧に
「身体が丈夫で脳のよい状態でないと、学業も仕事もできるわけがない」
というのが、私の信条のひとつです。
大切な人には、その人が望むように生きてほしい。
その人々が好きな生き方をするには、きちんと判断できる頭と健康な身体が必要不可欠だと考えます。
彼らがどこの国へ行っても、日本がなくなっても、お金がさほどなくても、つまり、何もかもなくなっても生きることができるように、自分がそのように生きて背中を見せ続けることは大切です。
そしてその一つが、基軸となる身体づくりです。
娘は子どもを産む体なので、血液の質をよくするために、出来ることをしておいてあげたいと思います。受精卵は母体からの栄養で胎児になっていきますから。
幸せは一朝一夕にできるものではなく、長い年月のなかで、当たり前のことを当たり前に淡々と継続して行った先に、積み重なったものだと思います。
野菜を買って一から調理しても、いまや日本の土壌は決してよいとは言えない状態らしいのですが、それでもトウモロコシや石油でできた添加物を大量に体に入れ込まないよう、できるだけ手作りで家族を守りたいと思っています。
子どもたちは友人と外食することも多いため、完全ではありませんが、家庭でも加工品などを使わないよう気をつけるだけで、10年後の彼らの身体は全く違ってくることでしょう。怠惰は愛とも幸福とも縁のないモノです。
息子たちには小さい頃から食育をしてあるので、二人とも料理をします。親としては彼らが何処にいても、安心できる要素の一つとなっていました。
お弁当は毎朝作りますが、目的はお弁当を『持たせる』ことではなく、『身体を守る』ことです。冷凍食品は30年買ったことがありません。それだからなのか、冷凍食品のおかずを友達にもらっても娘は食べることも出来ないそうです。
家族の働きを支えるのはもちろん身体ですが、丁寧な食事を作るということで、食べ物だけでなく私の想いもそこに乗ることになり、身体と併せて心の安定にも繋がると信じています。
スイーツは特に、気をつけたいものの一つ。食事をメインにし、あまりお菓子は作らないようにしています。作る際は、砂糖や使う素材に拘り、身体に良い食材を投入するようなレシピを考えます。
米派の家族には和食を、パン派の私は天然酵母で焼いたライ麦バンを主食にするなど、個人の嗜好も大切にします。
植物の恵みをいただく
ベランダガーデンが、恵みをくれる季節となりました。一年間、地道な作業を続けたことに、植物がお返しをしてくれます。
バラはアンチエイジングによく、幸福感を与えるといわれ、ハーブティー、化粧品、バスソルトなどを作ります。
オールドローズをメインに育てていますが、ベランダでも300輪は咲くのです。ありがたく使わせてもらいます。
ミントは7種類あり、尺取り虫がつく前に収穫します。フレッシュティーでもよいのですが、風邪予防やインフルエンザ予防にもなるので、冬も使えるようにドライハーブにして息子にも分けたりしています。
カレンデュラは咲くたびにこの中に入れて、カレンデュラオイルを作ります。
肌や手荒れにとてもよいので、美容液のベースオイルにするつもりです。
ハーブからは、多くの恵みをもらっています。農薬などは使用せず、堆肥まで作るので、作業は少々手間がかかりますが、その分生命が循環していることが実感でき、壮大な気持ちになります。
娘が飼ったハムスターのおかげで、動物とも共生しています。
生きることの喜びは、地球の恵みをいただくことや、自然との共生で限りなく得られるものです。
都会の中に生きていても、動植物と共生することは可能なのです。
常に優先順位を整理し、家族間においては、誰が何をするかをそれぞれが把握しています。その中で、役割を果たした先の個々の空いた時間は、好きに使えばよいのだと思います。
自分が幸福であるから、他者にそれを伝えることが出来ると思うのです。
余分なことを整理して、シンプルに立ちかえれば、流れはよくなっていくものです。
新しい方法を模索するのではなく、余分なものを削ぎ落としていくことも大切なのではないかと感じる今日この頃。
今日も皆さんありがとう
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