丁寧に暮らす 3

中学の英語のテキストで習ったアーミッシュの影響もあり、24歳のときパッチワーク教室を起ち上げた。

アーミッシュの暮らしは、保存食やキルトづくり、コミュニティの相互扶助関係など、電気やガスも使わない適度な文化を保っているように思う。

キルトも本来はいたんだ服や小さくなった子供の服地を切って繋ぎ合わせて作るのが最高なのだけど、現代において、趣味に転じたパッチワークは、配色の美しさや個々の表現方法としても考えなくてはならなかった。

もう20年以上使っているキルトは今、寝室のベッドカバーにしている。意外なことにミシンよりも手縫いの方が断然強い。

うちにはミシンはなく、夫のフォーマルウェアのちょっとした修理なども、手縫いで仕上げてしまう。

キルト雑誌にも掲載されたこれは、伝統的なログキャビンというパターンで一番のお気に入り。

真ん中の赤は暖炉の炎を表している。

枕カバーも定期的に縫い替えるし、カーテンも手縫いで仕上げたものもある。作れるものは自分で作りたい主義。

三人の子どもたちの3歳から幼稚園児頃の絵や文字などもまとめてキルトにし玄関に飾ってある。

昔アメリカの人は、小麦や砂糖が入っていた布袋を小さく切って繋ぎ合わせ、カーテンや布団にしていたそうだ。

フィードサックというその生地の復刻版で、これも15年くらい前に作ったもの。

娘が産まれたので三人の繋がりの為にデザインした。

異父兄妹となる彼らが、共に助け合える関係になってほしいと願いながら1年以上かけて縫った記憶がある。

念願かなって彼ら三人は、いまや三人目の夫とも家族となり、和気藹々と食事をしたり、あちこち出かけたり、何でも話せる関係になった。

家のあちこちに、子どもたちが幼少期から見なれた私の手作りの物があることで、それを共有するすべての人と繋がっている感覚が生まれるのかもしれない。

ずっと後になって参入した夫も、私が居なくなっても彼らと思い出を共有できるだろう。

玄関の靴置き場がとても狭くて見栄えが良くなかったので明るい生地で目隠しカーテンを吊るしてある。

これももう永く使っている。

面倒がらず、丁寧に一つ一つ仕上げていくと、時間が経過してもさほど傷まない。

創ったものは自分で修理もできる。

もちろん、既製品を次々と買い替えるアイテムも我が家にもたくさんあるけれど、家具などは私の中学生の頃使っていたものを長男が、夫の作った家具を次男が譲り受け、長男の学習机や夫の作ったテーブルを娘が使っている。

音楽のアルト笛やビアニカも、娘は長男から譲ってもらうことをとても喜んでいた。

私自身も、母が20代の頃着ていた服を今もセミナーなどに着ていったりもしているが、多分誰もそんなに古いものだとは気づいていないだろう。

一つのモノに家族が共有できる思い出があるということは、とても嬉しいことでもあり素敵なことだとも思う。

こんな私の価値観を彼らが受容してくれているからありがたい。

ブランド物やキャラクター物で揃えたい人や、新しいものが好きだったり、そもそも手作りというものに興味がなかったりすると、一緒に暮らしていても面白くないかもしれない。

 

現在、これで家族から不服がないことに感謝して、私は私の役割に徹していきたいと思う。

 

今日も皆さんありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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