尊敬

目を輝かせて私に語る幼稚園児、途上国の農村で泥だらけになっている人、ベルトコンベアーで流れ作業をしている人、喧騒の中で息を潜めている寡黙な若者たち……

たくさんのバラと、そして先に逝った齧歯類の彼等……

 

私は彼等に敬意を持っています。

自分よりも圧倒的な何かを持っている存在に、多分、私達は敬意を示すのです。

視野が拡ければ広いほどに、その対象はかぎりなく、植物にも、たとえばゴキブリにでも敬意を持つことができるのです。

敬意の源に愛が存在します。

もしも誰かを尊敬できなくてバカにしてしまったりしてるとするなら、あなたはその人を愛してはいないでしょう。

どんなに自分より歳が下でも、初めて会った人にでも、敬意はわいてくるものです。

尊敬するということは、愛しているということです。

尊敬してやまない存在は、あなたがとてもとてもその存在を愛しているということでしょう。

それが同性でも、動物でも、昆虫でも、植物でも……です。

本来、私達一個人が馬鹿にできるものなどこの世には存在しません。

ホモ・サピエンスは決して頭脳明晰ではないし、地球の一生物に過ぎないはずなのです。

たとえば進化という言葉を使うことがありますが、飛行機を創ったのは自分ではないし、衣服を編み出したのも自分ではないし、靴下一つさえ私達が考えたものではありません。

過去の「誰か」が知恵をしぼってくれた恩恵が今もこうして続いていて、偉そうな勘違いした人たちがそれを「私達」と呼んでしまうのです。

どんな生物にも天才的な個体はいると思うのです。私達人間にも、象にも、猿にも……

そのような人たちが創ったもので、私達はこんな生活をしています。また、現代に合った天才が現れることでしょう。そして、世界は変わるのでしょう。

自己を過大評価せずに、リアルを視ていけば、この世には素晴らしいものが溢れかえっています。

会社で年上の先輩から欲求不満解消の対象にされじっと耐える新入社員やバイトの子たち……

親のコントロールで雁字搦めになっても、なお、親孝行をしなければいけないと考える子どもたち…

来る日も来る日も単調な仕事をして、不満も言わず質素に生きる人々……

過ぎた欲を持たず、毎日スーパーと家を行き来して生きている人々……

すぐに肩書や年収で人の価値を計りがちなこの世界。

でも……贅沢できなくても、大きなことが出来なくても、家族や大切な人と喧嘩して笑って泣いて生きている人々は、皆幸せに見えます。

いつも傍らにいることが当たり前になって、外にばかり目を向けていては視えないもの……

愛は、自分の視野が拡くなれば自然に深くなるものです。

自分の未熟さや、馬鹿さ加減をしっかり認識さえすれば、目の前の蚊にだって敬意を持てるのです。

そしてどうか、この知的な生物が皆、互いを、他生物をも敬い、平和な世界が訪れますよう……

苦しむ動物が助かりますよう……

森がこれ以上伐採されませんよう……

 

 

今日も皆さんありがとう

 

 

 

 

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