分相応

〇〇になりたい……という想いを持っている人。

その時点でその人は〇〇になる可能性が高くないかもしれません。

地位や肩書は、欲しがって得るものではありません。

欲しがる人は持てないから、とよく言われますね。

 

大抵の人は、誰がその立場に適しているか判断できていますが、自分が適任だと過信して自ら手をあげる人の方が多いのかもしれません。

勿論、ボランティアなどにおいては、率先して名乗り出てもらうことが有り難くもあり、その集合体で得られるメリットは計り知れません。

しかし、本来地位や名誉や肩書は、周囲から依頼され引き受けて得るものです。

 

リーダーとしての資質は持って生まれたものですし、指示をされて動く人でも、単調な作業を忍耐強く続けられる才能も素晴らしいものです。

自分に与えられた資質を無視して、分不相応な立場に立てば、いずれは大きな問題の種となり多数の人に迷惑をかけることになりかねません。

 

何かを決めるときは、自分の想いだけでなくニーズがあるかどうかは重要な指標となります。

分相応な自分の役割に徹することが最善でしょう。

 

苔があって、大木があって、日蔭に花が咲いて森を創ります。

大木だけが優れているわけでもなく、苔に価値がないわけでもありません。

役割が異なるだけです。

 

これに優劣を決めて、支配できると思いこんでいる思考の人々が勘違いをしています。

誰にも誰かを支配などできないということを理解していれば、家庭でも職場でも個人を尊重することができます。

 

また、自分へのニーズに応え続けていれば、ひとりでに天職に就いていろでしょう。

それが地球が組み込んだ自分の使命なのかもしれません。

 

誰かに勝ちたい人は既に負けています。

何かを欲しがる人は掴めません。

弱肉強食で生き残るものは、必然的に残りますし、何者かになる人はいつのまにかそうなるものです。

 

自然淘汰に任せてみれば、地球が答えを出してくれるはず。

そう考えて風のように、生きて逝きたいと思います。

 

今日も皆さんありがとう。

 

 

 

 

 

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