気づきと天命

睡眠時間もろくにとれず、日々時間に追われるような生活をしていると、いつの間にか心に余裕がなくなってしまう。

普段は助け合えているつもりでも、どんどん依存になり、やってもらうことが当たり前になると、まるでロッククライミングで足を滑らせた後継者がぶら下がった時のように重い。

どんなに食いしばって、そのロープを離さないようにしていても、このままではこちらも共に堕ちてしまう。

 

さてロープを切ろうか……

だけど宇宙から俯瞰的に視てみる。

なぜ自分は今までロープを離さなかったのか。

もし離せばどうなるのか。

その先に何があるのか。

 

目的は決まっている。

しかし厳密にいえば一つではない。

それを達成する際に連動的に完了したいことがある。

ああ、だからこの手を離してはいないのだ。

私は頂を一緒に観たいのだ。

多分、一人で見ても面白くないということと、ロープを切ってまで観た頂きには『感動』が何もないということをわかっているからなのだ。

 

重みに耐えかねて切って落とすことは誰にでもできる簡単な作業。

でも、そうしてしまえば人生の後悔になる。

今日死んでもいいように生きる、という自分の信条に嘘をつくことになる。

嘘つきは人を不幸にしかしない。

自分がそれをしてしまったら、きっと自分の理想は現実にならない。

 

奇跡は準備ができた者にだけ訪れる

 

準備はもう充分だ。

あとはただ昇るだけ。

天が視ている。

 

もう一度自分を信じる時なのかもしれない。

 

今日も皆さんありがとう

 

 

 

 

 

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