随筆 53

出会いは幸せのため

私はそう思っている。

不幸になるための出会いなら出会わないほうがよい。

でも人生の中では、人に寄り添うこともできる反面、傷つけることも避けては通れない。

それを恐れて、せっかくこの世に産まれ落ちた自分の想いを全うしないことは、かえって祖先や殺した命に対して無責任な気がしてしまう。

誰かを救えば誰かが犠牲になるという自然の摂理の中で、自分が笑った代わりに誰かが泣いた可能性は大いにあるはず。

また、例えば知らず知らずのうちに、相手が自分に失恋したなどの一方的な悲しみをもっていたなど、たくさんの人が自分との出会いに涙を流したかもしれない。

それらの悲しみや、見えないところで犠牲になった誰かの想いを「浄化」するには、自分が徹底的に幸福で生きることしかない。

もしも、幸せのために出会ったのに、別れが来ることになれば、悔いのないようにできる限り思いを伝えきりたい。

全力で走りきって負けたときは、自分でも納得できるだろうから。それを、傷つくのが怖いから、傷つけるのが怖いからと避けてしまうと、そうした後悔が積もりに積もって、死ぬときに笑えないだろうと思う。

傷つけた人に何ができるのか……

傷つけてしまったことを忘れないからこそ、自分を生きることが大切だ。

その悲しみを無駄にしないくらい、自分が幸せにならなければ、泣いた人が報われない。

もちろん、これはなんの罪もない人に犯罪などで傷をつけるという話ではない。

短期的には冷酷に見えても、愛の行いだったというようなこともある。相手の思惑通りに生きることが、愛に応えることではない。

大切な人には決して嘘はつけない。相手を悲しませることになっても、欺くようなことだけはできない。

真っ直ぐに思いを伝えることが、綺麗事で騙すことよりもずっと深い愛なのだと、どのくらいの人がわかっているのだろうか。

 

迷ったときの選択は必ずこれでありたい。

 

幸せに向かう

 

今日も皆さんありがとう

 

 

 

 

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