心から尊敬できる人と言える個人はなかなか思い浮かぶものではありません。
尊敬する人は?と訊かれても、必ず
「原住民」
と答えていた子供時代。
どんなに時間をかけても永い間個人の名は思い浮かびませんでしたが、現在ならこう答えます。
「コニーサン」
人間ではありませんが(笑)
そんな私でもこの人ならと思う尊敬すべき日本人がいます。
もうこの世にはおられませんが。
15年くらい前でしょうか。もっと前かもしれません。あるイベントで実際にお会いしたことがあります。
こちらから話しかけたと思うのですが、何を話したのかは、まったく思い出せません。
もちろん、ただただそのイベントに訪れた来客として言葉を交わしただけです。
当時は子供も小さく、私も知識不足で、その方が何をされているかもよくわかっていなかったのですが、お顔だけは鮮明に残っていて後にテレビで拝見したとき
「あの時に会った人だ」
と気づいたわけですね。
インターネット上のあちこちにその方の言葉があって、非常に覚悟ある人だと感じていましたが、昨今の騒動の渦中、ふと思い出したようにまた彼の言葉が聴きたくなり
動画や書籍を探していたわけです。
すると、日頃自分が思っているようなことを言葉にされていて、でも圧倒的な行動力で、いろいろ頭の中を巡ることが在りました。
非常にシンプルな考えと生き方なんですよね。
せっかく自分に与えられた命の時間を、いったい何に使うのだろうと。
また知らず知らずに殺戮に荷担した私たち一人一人の責任はどうするのだろうと。
そんなことを考えながら、書籍を注文し、生前の動画を拝見し、涙がとまらなくなりました。
その時、インターホンが鳴りました。
仕方ありません(笑)
涙を拭きながら玄関のドアを開けると、近所の方が大きな葡萄を持ってきてくれていました。驚いたでしょうね(笑)
いつも本当に美味しい食材や手作りの料理をおすそ分けしてくださる方で、こちらも無農薬のハーブや焼き立てパンを持参したりして、恵みの循環に歓喜するこの暮らしの一部になっているご近所さんです。
移住してきてまだ間もない私にもこうして笑って行き来できるご近所さんがいるということは、喜ぶべきことなのですよね。
幸せになるには、まず全員が家族と隣人一人にささやかな愛を持てばいいだけのことなのでしょう。
尊敬することは愛である
ガイアのエネルギーがすべてを整えますように。
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