丁寧に暮らす 5

15年くらい前に購入した箒がだめになったので、新調しました。

きっとまた10年以上使うのだろうと予測し、以前より良いモノにしました。

棕櫚の箒です。

結構重いのですが、5部屋のうち4部屋がフローリングなので、基本は箒で掃いてその後に吹き掃除。掃除機は滅多に登場せず箒は大切な道具です。

先が傷まないように使わない時間は吊っておくことにしました。

階段も上から掃き拭き掃除をするので、家全体の掃除にはかなり時間がかかりますが、こういう積み重ねが家族の身体に入るモノを左右するので大事な仕事だと思っています。

畑仕事においては、今年も何とかバジルが収穫できてほっとしています。当初かなり虫にやられ、全滅するかと心配しましたが、手入れの甲斐あって少し収穫できたので、バジルソースを作りました。私は昔から料理にバジルを多用するので、1年分ストックしておく必要があります。昨年のものはドライにしたものが少し残っています。バジルは新鮮なうちにパスタやソースにする分、調味料にするもの、ドライにするものに振り分けられたらうれしいですね。

母の仏飯で作った酵母から(左側)畑や庭の植物用にエキスを作りますが、パン用に元種も作っています。(右側)

そうなるとホームベーカリーよりも手ごねでやりたくなり、時間をかけてパンを焼いたりしています。(天然酵母は時間がかかります)

これは昨日一日かけて焼いた天然酵母パン。雑穀、ナッツ、スパイスなどが入っているいつものパンの配合ですが、ぎゅっとしまった感じになりました。

栄養価が高いと少量でも満腹感があるようで、家族の食の価値観も変わったようです。

これはオートミールやフィジーのココア、うちの落花生、フルーツ5種など11種類の材料を混ぜて焼いたものです。同居人はお昼ごはんにこれ3つで満足感があると言っています。プラス、ハーブティーで昼食を済ませていて、最近はお弁当は必要なくなりました。朝ごはんで30品目ほど摂るため、昼一食を抜いて、代わりに朝晩で摂れそうにないない栄養素をおやつ程度でいれるようにしています。

土の微生物と同じで、腸内細菌を元気にしてあげるイメージです。そのような意識で食事を摂るか摂らないかで、当然個体差は大きくなるでしょう。そう考えると、自分を助けてくれる植物たちを育ててくれる土にも、もっと愛情をかけないといけないと考えるようになります。乳酸菌をあげたり、自家製堆肥をまいたり、化成肥料や農薬を使用しないのもそういう理由からです。

例えば、指が一本とんでも自分の意識はありますよね。足を切断したとしても意識は自分ですよね。細胞はある周期で死んで、また生まれて入れ替わっていますよね。ということは、細胞と自分の意識は異なる生命かもしれません。

でもそれらを借りて自分の意識が生きているのだとしたら、きちんとその細胞たちに栄養を与えてあげないといけないのではないかと思うのです。それが助けてくれている細胞に対する責任でもあり愛ではないかと。

自分を大切にするということ、誰かを大切にするということは、その人の意識だけでなく、腸内細菌にいたるまで考えてあげるということではないでしょうか。多分自分のモノなんてこの世には何一つないのでしょう。

シェリーの食べ物や環境は私にかかっていて、喋らないゆえに調子がよくなくても教えてはくれないので、こっちが判断するしかありません。まず改善できるのは温度や食べ物で、彼らなりの栄養バランスを考え、ニンゲンの書いた事典を妄信することなく、未知の部分をも想像しながら日々真摯に向き合うことでしか共生はできません。

ニンゲンのお話はいつも虚構ばかりなので、自分で確認、体得し続けることでしか納得はできないでしょう。

もし私の選択や判断によって共生する命の寿命が決まってしまうとしても、それも出会いの必然であるとしか言えません。コニーサンはじめシェリーたちが私と出会って生きたという運命に納得してくれるよう最善を尽くすのみです。

ニンゲンに限っては私自身が誰かの生き方を強制する権利もなく、また支配には強烈な嫌悪があるため、完全自由の下、【各人が選択している結果の今】だと捉え、自己責任の上にバランスが保たれています。

対等なニンゲンである以上、生きるも死ぬも本人の責任です。ただ、暮らしの軸を任せてくれているということに、私自身は自分のできることを出来る限りすることが、その責任だと考えて行動しています。

畑を借りていても、今年のようにおかしな天気が続けば作物もどうなるかわかりません。なので、リスク管理として庭でも少し野菜を育てています。畑においては春からは同居人が朝の作業を担当してくれているので、その分庭仕事に時間がとれるようになりました。庭ではプランターでの栽培で管理しやすく、畑より少し遅れてトマトやバジルがとれています。

堆肥は庭で作っているので、生ごみはかなり少なく自然の循環に沿えるよう努めたいと考えています。

畑の隣人が時々くれるニラは、下処理に1~2時間かかるのですが、80代の隣人が川から何度も水くみをしている姿を思い浮かべながら、感謝の気持ちをこめて美味しい料理になるよう想いを馳せる時間でもあります。

移住して間もない私たちの家に訪れてくれる村の方々との循環は大切にすべき暮らしの一部です。近所付き合いが面倒だと思うなら、それは明日もまだ、金だけ稼いでいれば生きていけるというシステムの中の世界しかないと思い込んでいるからかもしれません。

大切なことはいつの時代も変わりません。そういうことを忘れない人や動物と共生出来れば幸福です。

雨の中、畑仕事からの帰り道、蝸牛と出会いました。

うちの庭にも数匹います。此処は昆虫がとても多く、万物に助けられていることがよくわかります。スズメバチなど危険な生き物もいますが、うまく付き合っていけるよう努力していきたいと思います。

 

万物に感謝します。

 

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