方向

生きるためには、本来やらなくてはいけないことが山ほどある。

システムの平等を宣うのもわかるが、そんなことを言ってる暇もないという暮らしをしている人も世界には大勢いる。

 

「無人島で一人生き抜けるような・・・・・」

なんていう目標を子供の頃に持ってしまったがゆえに、第三者お任せの土を塗り固めた道路の前に建つ都会の家で産まれ暮らす生活は、あり得ない贅沢かつ不自然極まりない環境だと思ってきた。かといって、本当に無人島に行けるわけでもなく(土地は誰かのモノだと決め、信じているニンゲンが多いため)飽くまでイメージ。

理想はAMISH程度の暮らしである。

 

18で結婚し、さっさと子供も産んで『家族』を持った自分。

結果、その家族も守るべく存在になり、子供たちは、自分で考える頭と生き抜く智慧と本能を退化させないことを軸に育てたつもりだ。

個々によって才能は強みも弱みもあり相互扶助を目指すしかない。

この軸に遠くなった夫(他人)は、私にとっては共生者としてはリスクが高く、サヨナラすることになる(笑)

逆に言えば、信頼しあえて同じ方向に向かい、おんぶや抱っこをしなくても走ることができるニンゲンなら、システム上の戸籍書類などどうでもよいことである。

 

そうはいってもシステム下でありがたく享受させていただいていることも数えきれないほどあり、それを創造した人々にも深く感謝している。

そのおかげで、本来自分で生きるために休む暇もなく動き続けなければならなかったはずの時間が、仕事や勉強と呼んだり趣味と宣ったりできる『余暇』になった。

せっかく誰かを犠牲にしてまで得たその時間を無駄にすれば、天罰が下るだろう(笑)

半世紀生きても、80年生きても、ひよっこはひよっこ。

いつだって人間は先読みができない。

だから懸命に生きなくてはならないと思った。力をつけるにも創造性を高めるにもとても有難い『余暇』なのだ。

 

7歳から自己流でやってきた編み物。

昔は女性雑誌に家族の衣類の作り方や編み方まで載っていた。

母が仕事でいない間、勝手にその雑誌をあけて習得した。

 

今年は初めて靴下を編んだ。

こんな年齢まで靴下ひとつ、自分で作れていなかった。

羊たちに感謝。糸にしてくれた人に感謝。

羊を飼ってまで毛糸にしようとは思ってはいない。

今あるものを大切に使い、修繕できるよう努めたい。

衣食住は生きる糧。

衣類はどうしてもというものだけ購入するように厳選する。

肥らなければ30年でも40年でも着れる。

もし一部が擦り切れたり穴が空いたらパッチワークで作り替えればよい。

私がパッチワーク教室をやっていた本当の目的はそれだ(笑)

糸は必要なんだけども。

今、保存食を作っている。

PCを触る時間も、長時間かかる作業中にやる。

時間を無駄にしないか否かで、同じ年齢で逝ってもその質は雲泥の差になるだろう。

10年だから不幸で80年だから幸福というわけでもない。

 

 

今日で終わるかもしれないこと。

もう二度と会えないかもしれない人。

だからできることはやりたい。

消える時に自分が後悔するから。

 

万物に幸あれ。

今日も皆さんありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

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