随筆 110

動物は自分のメンテナンスを自分でする。

天敵に喰われても、どんなに痛くても苦しくても耐えているように見える。

人間に閉じ込められ、ワクチンを打たれたり去勢され、虐待されても耐えている。

ニンゲンは自分のメンテナンスすらできない人もいて、死への異常な恐怖から延命のために他者を平気で殺す類もいる。

そこまでは仕方ないとして、その受容できない弱さを、他人のせいにするのは見苦しい。

失敗したと思えば謝ればいいし、やり直せばいい。

それだけのことだ。

完璧な人などいないのは皆同じ人間だから知っている。

 

意識の道程を辿ることで、人を許すことができる。

その思考パターンは、ハムスターがみなひまわりを剥くのと変わらない。

行動は、回し車を走るのと変わらない。

事象の大きさの差異はあっても、どんなニンゲンもその道程は変わらない。

パターン化された動きやお話づくりを見ていると、いかに私達が同類なのか、いやでも自覚せざるを得なくなり、醜きそれはとりもなおさず、自分の中に流れる血とさほど変わりないのだと気づく。

ニンゲンは醜い。

だから私は世界を美しいもので満たしたいと思うのかもしれない。

 

誰にだってどこにだって、光と闇はあり、光をこえると闇になる。

闇をこえると光になる。

自分のエネルギーは多くの命を殺してきた産物なのだから、できることならそれを全部光の方に使いたい。

闇は夜だけでけっこうなのだ。

 

煌めきは真っ直ぐな心からしか生まれない。

言葉と魂、つまり潜在的な意識と言葉がかけ離れていると、生き物はそこに違和感を生じさせる。

魂と言葉が一致しているときはじめて 相手に想いが伝わる。

綺麗事は心が綺麗でないことを考えているからこそ創られる嘘である。

違和感は、脳が瞬時に叩きだす正しい感覚なので、自分を信じた方が良い。

 

誰かのため、という言葉に気をつけて。

動物は自分のためにしか生きない。

「善人仮面」はこの世で一番売れる品なのだ。

同調したら「善人」になれそうな気がするものには気を付けて。

ニンゲンには独りも善人なんていやしないから。

先進国民は、金のために多くの他国民や他生物を殺戮して恩恵を受けているニンゲンたち。

この国にいる以上、荷担者であることにかわりない。

世界を自分の手で変えない限り私たちは永遠に荷担者なのだ。

自分一人でも創造することが大切だと思う。

 

権威が世界のどこへ行っても無理だと言い切った。

僕の名前を調べろと。

彼の言葉より自分の感覚を信じた。

ニンゲンごときに生命の神秘などわかるわけがない。

小学生の頃からの持論だ。

息子は腰椎がなくなった。

脊髄損傷は激しくレントゲンでは確かに生涯歩くことは不可能・・・・という勉強、知識、机上の空論は理解できる。

でもそれは、たかが生物の一種であるニンゲンの決めたことや考えている事、もちろん自分さえも正しいわけがない。

ニンゲンは地球上で一番頭が悪い。

これも小学生の頃からの持論だ。

記憶を失わないようにした。

便利なモノや他者の意見は脳を退化させる。

師は必要ない。

時間がかかっても自分で確かめる、こう決めておいたからこそ、息子は歩いた。

正直なところ、これが正解という筋道を明確には言い表すことが出来ない。

総合的な結果だと思うから。私の生い立ちから聴いてもらうしかない。

大切なのは脳の電気信号。つまり意識だということだけはわかる。

意識で未来を創り上げていく、そんなイメージ。

それでも死ぬときは死ぬ。(多分)

コニーサンもコロンもリンも、皆だんだん食べなくなって、動けなくなって、死んで逝った。

でも最後の瞬間まで諦めず・・・・・・。

私もそれを自分の最期の指標にしようと思っている。

 

私は私の道を行く。

誰も歩けないし歩かせるつもりもない。

誰かについていく気もない。

 

今日も皆さんありがとう。

 

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