随筆 19

許すことって簡単なようにも思うのだけれど……

日本人は、自分を許していない人がけっこういるような気がする。

ハードに働かなければ価値がないと思いこんでいる人や、皆やっているから自分もやらなければいけないと思い込んでいる人。失敗を隠す人。自由に生きられない人すべて。

何故もっと自分を許してあげないんだろう。

狭義での「結果」(まあ、それはだいたい数字のこと)を得ないと、自分を劣性だと思い込み、精神的に落ち込んで身体を悪くする人。

せっかく先祖から健康な身体をいただいているし、今日も牛や豚や鶏を殺して自分の血肉にしているのに、非常に勿体ない話だ。

もっと視野を広げて、自分を許して、広義での「結果」を得ていることに気づけばいいのに……って私なんかは思ってしまう。

自分にハードな何かを課しても、それは個人の自由だってきちんと分別つく人ならいいのだけど、ハード=優性だと思いこんでいる人は、他人にもその「ハード」を課してくる傾向がある。そしてやらない人に、劣性だとレッテルを貼る。自分を許さないのは自由だとしても、他者を許さないのはわけがわからない。

私なんて、けっこうドMなので、普通の人がお手上げになることを、諦めずにやりきってしまう。でも、このやりきりの根底にあるのは「自分がやりたいこと」なので他人には関係ない。

それを他者ができないとき「この人、本当はやりたくないんだな」ってすぐにわかるので、私には何も言えない。

だって、私に他人の人生強制する権利ないもの。

なぜだか、他者を許さない人ってけっこう多い。例えば、妬みもそうだと思う。自分が何かをやりたくても、勇気がなくてできない人ってたくさんいると思うのだけど、それをやってのけている人に対して「あの人はおかしい」って言うのはやめよう。やりたきゃ、他者を妬むんじゃなくて自分でやろう。

かつて、フィジーで、ある人が私に言った。

フィジー人は、いつも海を見て、暇があれば泳いだりビリヤードしたりして、レイジーなのだと。なまじ村に食べ物があるから、一生懸命働かなくて済むし、そのせいで発展しないって。

私はすぐにこう思った。

日本人みたいに、朝から晩まで働かなくても食べることに困らない素晴らしい国なんだって。人々は優しいし、水も食べ物も美味しい。その土壌を破壊してビルなんて建ててしまった暁には、そうやって友と夕陽をみて語り合う時間を失い「食うために働かなくてはならない」と本末転倒な思考になるんだろうなと。

どうか、その土壌と文化が、先進国民によって破壊されませんようにと祈った。

鳥は食うために働かない。

魚も食うために働かない。

ニンゲン以外の動物は、食うために働かない。

地球の上にわいてくるということは、そこで生きていけるということ。もちろん自然淘汰は自然なので、起こらなくてはならないだろう。

ハードに働くことが偉いわけではない。身体を壊せば単なるバカだ。

生きていくのに必要なものは、本来そこに揃っていたはずなのだ。誰がそれを破壊したり奪ったりしたのだろう。

いつになれば分かち合う世界が来るのだろう。せっかく長い年月「学習」したのだから、平和的な解決法を見い出せるはずだと信じたい。

そして、皆が人を許せたり、自分を許せたなら、とても幸せな世界が瞬時に創造できるんだろうなと想像しながら、風に吹かれていた。

 

 

画像はこちらからお借りしました

https://images.nasa.gov/details-iss056e129864.html

 

 

 

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