随筆 2

私は食欲にも、性欲にも、物欲にもあまり執着しない方で、基本的には「今日生きているからそれでいい」と思っている。

だけど、知的好奇心においては、欲を抑えることは簡単ではなかった。

娘が動物科に入ったことと、二年前にココとコニーサンという雌雄のハムスターが我が家にやってきたことで、それは一気に変貌を果たした。

彼らと真摯に対峙していて、多くの気づきを得た。

晩年私に知を与えてくれた最大の存在は、間違いなくコニーサンだった。

 

 

動物実験は本当に必要なのか?そもそも、ニンゲンと同じでない種に実験して何の意味があるのか?実験しないとわからないような物や、わからないようなことを推し進める必要性はなんだ?とか……

そうしたら、わからないことはわからなくていいとすんなり思えるようになった。必要のないことは、あえて勉強しなくていいと。

もっと全生命体と対等に生きたいと思えるようになった。

15年くらい前、環境についてセミナーに通ったり、多くの人とディスカッションしたり、独学で色々調べていた頃があった。環境問題を勉強すると「全部で一つ」だという考えが、幼少期以上に強くなった。それも影響してるかもしれない。

植物も動物も昆虫も、埃や塵さえも、きっと必要だから地球に在るのだ。

ニンゲンは、邪魔だとかなんだとかいって都合のよくないものを徹底的に排除したりするけど、子孫のことを考えるとき当然未来が危うくなることを知っているだろう。わかっていながら見てみぬふりする理由はいったい何なんだろうか。

けれど地球規模で考えるならそれも必然で、生まれたものは必ず死ぬ。他の種を絶滅に追いやりながら、とりもなおさずニンゲンも絶滅に向かっていることは間違いないのだろうとも思う。ニンゲン活動が地球に悪影響を与えたとしても、それも、必然の流れなのかもしれない。

世界を破壊していくも、進化させていくも、それがニンゲンの役割とは限らない。

自然は雄大で私達の手に負えるわけもない。

こんなことを考えて生きていると、ちっぽけな問題や個人の好き嫌いなんてどうでもよくなり、全部受け容れなければ仕方なくなってくる。

 

自分が地球の一部という実感を持ちたくて、融合したくて、そして、静かに消えていきたいというささやかな願いを叶えるために、今日も万物に想いを馳せている。

 

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