随筆 80

例えば特定の誰かがいなくても、親に愛されていなくても、配偶者に愛されていなくても……

自分が心を閉ざさなければ、必要な人と出会うことはできる。

独占したり支配することが、愛するということではないから、刹那的な他者からの愛に、きちんとアンテナをはっていれば、いくらでも私達は愛されていることに気づくだろう。

フィジーで出会ったサーファーたちと、宿泊先で共に食事をしたり、夕陽をみたり、カバを飲んだりしていた。数日もすれば皆、それぞれの場所に帰っていく。

別れのときに交わす言葉は

「また、会おう」

永遠にさようならではなく、住んでいる処も、どんな人生を送っているのかも、お互いにさほど知らないのに、また会おう……

多分二度と会うことはないだろう。

それでも、こうして次々と出会っては別れていく。その瞬間瞬間を大切にしていれば、二度と会わないかもしれない人とも心を通わせることはできる。

そして、その繋ぎ合わせで人は生きていける。

昨日まで知らなかった誰かと海辺の夕陽を眺めながら、一期一会の意味を考えていた。何処に行こうと、誰とサヨナラしようと、哀しいかな私達生物は、生きられるように出来ている。

親がいなくても、帰りたい場所がある人。

恋人がいなくても、大勢の人から愛されている人。

ニンゲンがいなくても、鳥や動物と生きていく人。

幸せそうに笑っていても、誰しも悲しみや辛さを胸に秘めて笑って生きている。

小さな子供だって、動物だって、悲しみを呑み込んで生きている。

窓辺の風に吹かれて、秋の深まりを感じていると、たくさんの人から愛をもらっていることにふと気づいたりする。

誰かがいるから幸せで、何かを持つから幸せなのではなくて、自分で自分を幸せにできるか。

大切なことは、そこなんだろうね。

 

 

今日も皆さんありがとう

 

 

 

 

 

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