相互扶助

助け合い……

子供の頃から何度となく耳にしたり口にしたりした言葉だと思います。

家庭で、地域で、国で、世界で助け合う……

綺麗事のようで、実はそうしなければ生きていけないのが私達生物ですよね。

利己的な人が嫌われる要因のひとつに、多分私達動物が本能的にその相互扶助の循環の仕組みを理解しているということがあるのではないでしょうか。

よく、一人では生きていけないと言いますが、あれは人間に特化したものではないのです。

人間がすべていなくなっても、動植物が存在していれば、自分の命を繋げることがまだ可能です。

逆に人間という生物だけでは私達は生きてはいけません。

様々な生命体と助け合うのが正常な状態なのですよね。

海を汚せば生態が変化し次々に絶滅する生物が出てくるかもしれません。だから海洋生物によくないものを海に流したり捨てたりしてはいけません。

怖れや単なる金儲けのために、動物や昆虫を人間都合で「駆除」などしたなら、地球のバランスは当然崩れていくでしょう。

勉強したことのない先住民がそれを知っているのに、義務教育をきっちりうけた私達がもし、地球のシステムをわからないとしたなら本当に残念です。

動物として、子孫を助けていくということは、彼らが生きていける環境を守るということにもなるでしょうね。

親としての愛は、実はそういうところに表れるのではないかとも思うのです。

しかしながら先進国の都市のように、植物と云えば鉢植え、動物と言えばペットなどしか知らないで生きていると、なかなか想像力が働かず、彼らの存在が消え失せても自分たちは生きられると大きな勘違いをしてしまいます。勘違いというより、忘れてしまったと言ったほうがシックリくるのかもしれません。

ところが現代は、インターネットのおかげで、世界各地の様子をリアルタイムで「観る」こともでき、想像力が拓かれる可能性は高くなっています。

当然世界は繋がっていて、私達個人の行いが、必ず誰かや何かに影響するわけなのですが、その波紋のように拡がるイメージをもって子孫の命を育んでいけたら、余計な争いをしない賢い生き物に進化できるかもしれません。

現代、各地で取りざたされている環境的な問題や、動物の実験、殺戮、虐待、食品廃棄や、海のプラスチックゴミ、ムルロア環礁で200回近く行われるような核実験、地球の周りをグルグル周るゴミ、果ては私達人間の身体におこる不自然な状態(病ともいう)など、子孫にとっては負の遺産がたくさん積み上がっています。

もし私達大人が、地球全体の恵みを生きていける程度に活用し、必要のないモノを持ったり独占したりせず、他生物と共生していくことができれば、子孫の苦しみは少しは軽減されるかもしれません。

小さな努力でも、一人の行動は世界を変えますし、反対に少しの怠惰も傍らの人に影響し、世界を変えてしまいます。

同じ世界が変わるなら、どちらが死ぬとき幸福なんでしょうか。

他生物の命を殺して自分の血肉にしているので、その体からでるエネルギーはプラスになるような使い方をしてみたいと考えます。

どんな生き方をしても、所詮地球が生かしてある生き物なので、私のような一個体がジャッジできるものではありませんが、どうせみんな死んで無になるのだから、生きてる間くらいは満足できる命の使い方をしてみたいものだと思います。

種を超えた共生が出来るニンゲンが増えたら、きっと今よりは美しい世界が待っているのではないかと夢に見たりします。

今はせめて、自分の周りくらいは美しく整えられる生物でいられるよう努めてみたいと思います。

 

今日も皆さんありがとう。

 

 

 

 

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