地球が私たちに与えたもの

大切な人たちに、伝えたいことがありました。

それは今に始まったことではなく、自分が感じる道の向こうに視えているぼんやりとしたイメージや、求めてもいないのに次々と入る声、引き寄せ合う著者の本、半信半疑の情報まで、記憶を辿れば既に生まれた頃には備わっていた本能だと思います。

 

暴露されたものは無害化する

 

という言葉があります。

素晴らしいです。

なぜ、大切な人たちに伝えたかったのか。

その理由はまさにそれなのです。

 

予定は未定

 

明日の話などすべてファンタジーですからね。

幼稚園児だってわかることです。

予定が気に入らないなら、自分はどう生きるのか。

単にこれだけです。

シンプルにただそれだけの事なのです。

 

同じ野菜でも、農薬や化成肥料を一切使わず、水もやらず、耕すこともなく、肥料もいれず、種まきのみで育った葉の成分と、ハウスで化成肥料と農薬をたっぷりうけた綺麗で大きな葉の成分は全く異なるでしょう。

そうなるとニンゲンも、どんな精子と卵子で自分が創られたのか、母体の状況はどうだったのか、生まれてからどんな場所でどのような食べ物で細胞を作ってきたのか、そして心は穏やかなホルモンを分泌させたのか、ストレスホルモンを分泌し続けたのかで全く異なるでしょう。

ある人は遠くの景色が頭に浮かび、ある人はオーラが視え、またある人は光の柱が視えていたりしても不思議ではありません。

現に、地震の前に鳥は一斉に飛び立ち、火事の前にネズミが逃げだすような『感覚』は誰もが知っています。

動物や昆虫植物を視るだけでもわかりますが、地球上の生物は教えられなくても、本能でリスク回避をし、方向や気温、必要な食べ物を知っています。

果たして人間だけがわからないと言えるのでしょうか?

 

おとぎ話を信じてその世界の中で生きようとする人々は、誰かの創ったそのお話の中に何かしらメリットがあるのだと思います。

例えば、虚栄心、承認欲、支配欲、物欲などを満たすことが出来るとか、誰かと競い合うことが好きだとか、自分の存在価値がそういったものでないと測れないとか。

もちろん、古代、賢人が民の安心安全のために考えた策もあるとは思います。

いつの時代だって、そして現代だって、そういった賢人は多数存在するでしょう。

 

通じない人々は

「何もなかったじゃん」

と言います。鬼の首を取ったように(笑)

私は頭がおかしい?

それで結構です。

それが目的ですから、それで良いのです。

 

意識の集中化が良くないと言う人もいます。

ですが、納得できない人々は、その集中化のおかげでエネルギーの方向性を変えるのでしょう。

お花畑思考の人から変化のエネルギーは生まれません。

 

とは言っても、ニンゲンも地球上の生物の一種。

表面的なニンゲンの流れは変えられても、地球が行う水面下での流れは変えられないでしょう。

悠久の時を経て、地球が営み続ける自然の摂理がどう働くかなど、ニンゲンごときにわかることはありません。

 

その中で私たちに与えられた、最低限のリスク管理である『違和感』には感謝します。

ニンゲンだけが信じる印字の桁の為だけに、無理やりそれをかき消すのではなく、自分を産み出してくれた母なる大地に感謝しましょう。

鳥や鼠のように、謙虚に真摯に今日も生きましょう。

 

愛と感謝の波動は、最も自然な幸福を産み出すと私は信じています。

都合の良い人に対する愛と感謝ではなく、源に対する愛と感謝です。

 

万物に愛を。

万物に感謝を。

 

その自然淘汰の世界で自分が淘汰されていくことさえ、潔く受け容れることを昇天と呼ぶのでしょう。

 

今日も皆さんありがとう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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