随筆 35

先日から、ある人に首ったけだ。

ネットで、ふと見つけた名前。

そこから本の購入に至った。

そんなある日、旦那にオススメの動画を見つけたのでシェアしたのだけれど、私はそれにはあまり興味がなく、さわりを見ただけで詳しく確認していなかった。

なぜか旦那がその動画をシリーズでダウンロードしていて、私が読んでいる本の著者が関連していたものだということを知った。

私は本で、旦那は動画でメッセージを聴いていたというわけ。

ネット上で、必要な知恵を得るとき、私はそれを必然的な引き寄せだと捉えている。

その人と実際に会うことがなくても、必要な存在とは出逢う。

その人が伝えていることは、殆ど体得していて腑に落ちている。だから、いつものように科学的な確認をありがたく落とし込んでいる最中だった。こういう存在は、私にとって救世主のようなもの。

しかし、体得していない人がこれを読んだら、どういう感情になるのだろうとふと考えたりする。

多分、よくわからないのではないか。

自分で例えるなら、いくらこうだと言われても、わからないと思う部分は、決まってまだ体得していないこと。

そんなことを考えて、とばし読みをしていたら、ある頁で驚愕した。

それ!

それを私はいつも家族や知人に話していた。この人頭おかしいよねって顔で、皆が私を見ていたのを知ってる。(笑)

やっぱり、そうなのかもしれないんだな……

嬉しくもあり、悲しくもある。

どんな本で、どのページに驚愕したかなんて言うと、誰かの感情を逆なでしてしまいそうだから言えないけど、今後の自分の道程が見えた気がした。

誰も確認できないから、話したところで意味がないけど、やっぱり同じようなこと考えて、それを証明しようとしている人がいるんだなって思うとなんだか不思議。

私もあといくつか、確認したいことが遺っている。

 

人生のテーマが

真実の追求

なので(笑)

やらなくちゃいけない。

 

だけど、ベースは自分の人生。

なにか特別に用意することもない。

ただ、生きているだけでよい。

うまくいけば、一つを遺して、生きているうちにすべて確認できるかもしれない。

ひとつを遺して……

それはその時の楽しみとしてとっておかなくては。

 

さて、旅に出てこよう。

未来に出会う皆さん、ありがとう。

すべての存在に幸あれ!

 

 

 

 

 

 

Pocket

0 comments

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です