随筆 58

人格が高いといわれる人は有益なものを他者に与える。だから自然に人が集まる。

なるべく世界を見て、自分は搾取する側にはまわらないようにしたい。

本来地球上の資源は地球に生きる全生命のものだと小学生でも知っている。ニンゲン一個体のものなんて、自分の体くらいなものだ。

私たちは十分過ぎるほどに地球の恵みを独占している。それも多分、義務教育を受けた人なら皆分かっているのだろう。

そういう潜在的な認識が、損得を考えて行動している人と、利他的な行動をする人との人間性を測っているのだと思われる。

決して数値化できないのに、なぜだか人々は、ある特定の人物に畏敬の念を持ったりする。

残念なのはいくら良い話を聞いて、頭でコピーアンドペーストしても、相変わらず損得でしか動けない人がたくさんいるということだ。

自分の命の時間を誰と生きるか考えたい。誰のために使うのか考えたい。人の想いを適当に流すことはしたくない。

それは誰かの命をとても軽く見ている人しかできないことだから。

日本のビジネスは消費者心理を読まなければ進まない詐欺のようなものも多い。社会起業家をうたっても、助成金目当てのビジネスだということもある。自分の命の時間と、引き換えにした貨幣は、そんなところに投じたくはない。

何かに騙されたという人は、自分の脳みそが足りないと言っているのと同じこと。誰も騙されたりはしない。何が自分に有益か、何が必要ないかすら判断できない脳みそだと自ら証明しているようなもので、それを認めずに他者に責任転嫁する様は見るに耐えない。

毎日確実に命はラストに向かっている。残りの命を誰と関わるのか、何をするのか、真剣に考えて牛や豚の命を奪ってほしいと願う。

同じアデノシン3燐酸を使うなら、自分のためや大切な人たちのために使いたい。どうでもよいことと、そうでないことをきちんと整理しておかなければ。

何もしたくない人もいるだろう。そんな人は、とりあえず食生活を見直してみよう。思考を作っているのは自分の食べたものだから、食物をスッカリ変えてみれば、もしかしたら、ひとりでに思考が変わるかもしれない。

もしも、永遠にこのままでよいと思っている人は何もしなくてもいいとおもう。生きているだけで十分奇跡的なので。

でも、さらに自己成長を求めるなら、これを実践してみたら良いのではないかと思う。

 

過去と同じことをしていて

昨日と違う未来を望むなど狂気の沙汰

 

簡単なことからでいいので、習慣や、付き合う人を変えてみれば何かが変わるだろう。

全員が幸福になれば世界は幸福だ。たとえ10代で死んだって、本人が満足していたならそれは、幸福だったと言えるだろう。

 

 

今日も万物にありがとう。

 

 

 

 

Sponsored Link
Pocket

0 comments

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です