随筆 68

何かを欲しがるその想いは、本当にそれを手に入れられるのか。

それを思考の現実化と呼ぶのだろうか。

多くの人が欲しがるモノ、例えば健康、愛、地位、名誉、肩書、称賛、威厳、お金、人徳など。

半世紀ほど人間をやってきて、冷静に人々を観察していると、どうも欲しがる人ほど手に入れられないように見える。

そもそも、この世の中に自分のものなんて身体くらいなもので、その身体さえ、健康や美しさを保てず、セルフコントロールできていないのが殆ど。

なぜ、そんなに欲しいのだろう。

何かが本当に個人のものになると思っているのだろうか。

欲しがる人は何かを恐れている。

何かを失うという錯覚は、それを所有しているという思い込みから生まれている。

私達は何も所有できない。

都合よく誰かが創ったシステムを、とりあえず採用して、所有していると訴えているだけだ。

ニンゲン以外の動物は、肩書も地位もお金も愛もほしがらない。

縄張りはあるが、いつ誰に奪われるかわからないような危うさがある。

本来はそういうものなのだと思う。

誰かが創ったシステムを採用してあげていることもしゃくに触るけど、まあ、話が殆どの人に通じないから、そこはとりあえずは利便性を優先。

そんな中で、欲しくなかったのにずっとそばに在るものがある。

一人でいたいと思っていたのに、たくさんの人が周りにいる。

出逢いに興味ないのに、どんどん出逢う。

知らない間に、自分など所属するのが不思議なコミュニティに名前が挙がっている。

だけどある日すべてがなくなったとしても、私は生きていけると思う。

何も持たずして、すべてを持っているというのが、この地球の上の一生命なんじゃないかなあ、などと考えている。

 

地球の恵み、土の中にいる微生物や皮膚に住む常在菌にまでありがとうを伝えたい。

 

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