随筆 69

願望ではなく、どうしてもそうなるとしか思えないこと。

説明がつかないこと。

それが……

 

私の概念では直感であり、思考の現実化の鍵となるものだ。

微細なことは、変動する。

大まかなイメージ、到達する場所などが私の頭の中にはある。

かつてイメージしていた漠然としたものより、さらに明確になり、いまやSF映画さながらのファンタジーが出来上がってきている。

あとは登場人物と次々に出会うだけ。

それでも徹底的にリアルを見なければならない。夢ではなく現実を。

生きているから創造出来る。

風のように通り過ぎる存在にも、私の体の中に入る植物にも、腸内フローラにも、アフリカで握手していただいた各種菌類にも感謝。

コニーサン達との出逢いにも、深く深く感謝。

面白くて面白くて仕方ない、このノンフィクションファンタジー。

皆さんにも伝わるだろうか?

 

でもファンタジーを創る前に、まずは元気でいること。動ける身体を用意しておくこと。

それがあってやりたいことが難なくできる。(難はあるけど)

消費者心理を読んで騙したり恐怖を煽ったり、私利私欲に走ったりするのではなく、幸せのために生命と出逢いたい。

生命とは万物。

蚊はあんな小さな身体でニンゲンを死においやる。マダニもニンゲンを殺すことが出来る。

ネズミも無人島に上陸して、ある特定の鳥などを絶滅させたりもする。

地球の大気や海を切り離すことはできず、私達の行動は必ずどこかに影響する。

新しい菌との出逢いを恐がっても広い視野で見ればあまり意味がない。自然淘汰だ。

宇宙の活動も含め私達の行動は微々たるものかもしれないが、良かれと思って進んできたその微々たる行動の積み重ねがアスファルトで塗り固められた街を造った。

そこにいた植物や微生物、動物たちはどのくらいニンゲンに殺されたのだろう。

それも自然の流れなのかもしれない。

ある時地球にニンゲンのような生き物が湧いてきて、こうやって他生物を殺戮することになっていたのかもしれない。

小学生の頃、そんなニンゲンをみていて、私達先進国民は地球のガン細胞なのだと感じた。

地球の自然治癒力が働けばニンゲンは消えていくのか。

ならば、ニンゲンが何をしても無駄かもしれない。

しかしまだ私達に出来ることもあるかもしれない。

そう考える人があちこちに存在すること自体も必然なのだ。

政治かもしれない。

教育かもしれない。

ビジネスかもしれない。

アートかもしれない。

 

特定の人や特定の何かだけが正しいわけではない。

何にも盲信しない。

地球はそんな短絡的な価値を持たない。

 

大したこともできない自分を信頼してくれる人、動物、出会う土地、食べ物、道具などまで万物に感謝。

私の身体を助けてくれている有益な菌たちにも。

 

知らない間に白血球が私の中で死に、知らない間に私の中でアミノ酸が働いている。

ミクロコッカス属などの皮膚の菌から、数百億ともいわれる常在菌が私の身体で生きている。

果たして私は本当に私なのか?!(笑)

自分のものなんて何もないと昨日も書いたが、自分の身体すら自分のものじゃない可能性が高い。

となると、誰かをコントロールってその人の腸内細菌や皮膚常在菌もコントロールしなくちゃいけない。アホらしい(笑)

やっぱり私達は、地球の中の細胞の一つみたいなものだ。

地球も宇宙の細胞のひとつなのかもしれない。

 

結局、素直に自由に生きればそれで良い。

悲観的に生きても細胞は喜ばない。ストレスによる糖質コルチコイドを自分で生産して、自分の細胞に毒を与えていることになる。

自分の中にある細胞や常在菌や腸内フローラを守ってやることができるのは自分である。

私達は地球の中の一部であり、宇宙の中の一部だ。

真実はわからない。

きっと何もない。

アポトーシスのように時期が来れば終わる。

真実は虚無 リアルはファンタジー

せっかくなら面白いファンタジーを創ってその通りに生きてみるのがいい。

 

 

今日も皆さんありがとう

 

 

 

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