随筆 91

自分のことや他人のことを客観的に視ることは容易でないのかもしれない。

なにかに追われて、自分がキャパオーバーになると、どうしても

自分だけが辛いとか、他者が楽をしているように感じてしまう。

だけど、聡明な人ほど想像力に長けているので、想像できない人にさえ寡黙に微笑んでいる。

私的感情や怒りをぶつけてくる人は、とても幸せな人だ。他者の幸福や功績を羨む人も幸せな人だ。

彼らは、そのような見えない苦労や、幾度も逆境を乗り越えるような経験がないがゆえにそれを想像できないということになる。運よくさほど辛い目にも合わず、生きてこられたのかもしれない。

だから、幸福な人間関係や何かの功績などが、生まれつきの遺伝などで容易に得られると思っているし、実際そう相手に伝えてしまうほど想像力に乏しい。

というところまで、想像力に長けた人には想像できてしまうので、相手には通じないことをだいたいわかってしまう。

 

能ある鷹は爪を隠す

というのは、それがない人の言葉であり、

能ある鷹と能ある鷹は相手の爪がきちんとお互いに見えていたりするものだ。

また、例えば現時点、ボロを纏い、収入もなく、この世の中に憂いて公園の隅で生活しているような人だとしても、昨日まで何をして生きてきた人かは誰にもわからないので、敬意は示したい。

その人の過去まで決めつけてしまうような想像力のない人は、安易に人を馬鹿にしてしまう。

想像力というのは、思考回路のネットワークの複雑さのようなもの。馬鹿にしている人ほど、複雑さとは縁遠いことに気づかない。

そもそも有り難く義務教育を受けさせてもらっている人は、生物は人間だけでないと知っている。

人間など、誰に代えても似たりよったりで、どんな能力も大した差異ではない。

勉強などしなくても、子孫を存続させることかでき、自分たちの命の源である地球環境を破壊しない生き物のほうが、ずば抜けて賢いと思う。

地球の循環の中に存在する以上、人はひとりでは生きていけないが、相手は必ずしも人間とは限らない。

樹木でも鳥でも、魚でも、菌類でも良いのだろう。

できれば、視野は限りなく広く、想像力に長けた生き物でありたいと願う。

 

今日も皆さんありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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