1990年から6年にわたり、米アイダホでオオカミの群れに囲まれてテント生活を送った夫妻の記録。
3本のドキュメンタリー映画を製作し、NPO Living with Wolvesを設立している。
ニンゲンは犬を手なづけ、家族と宣い、葬式までするというのに、なぜその起源であるオオカミを殺すのか。オオカミとはいったいどういう動物なのか、以前からそこに少なからず興味があった。
ある日ふと立ち寄った書店で、こちらをじっと見つめている「目」に気がついた。
帯には「6年にわたりオオカミの群れと暮らした筆者たちが見た本当のオオカミの姿がここに」とあり、イエローストーンでオオカミの「導入」によって生態バランスが整ったという話を聴いたことがあったため、レジに並んで即購入した。
私は書籍とも「出会い」だと考えていて、何かを感じたものはその場で手に入れる主義だ。例えるならそれは、限りなく一方的な筆者との出会いであり、今回のような場合は、オオカミとの出会いともいえる。
豊富なオオカミの写真は、撮影者と彼らの関係をうかがわせる。中途半端な知識人が机上の空論で語るものには殆ど興味のない私は、動物なら、星野道夫、岩合光昭、ジェーングドールなどの現場主義の人々の言葉を聴きたいと思って書籍を購入する。この夫妻の写真や言葉も同様だった。
携帯電話そのものの解約をし、コロナの影響でPCのネット接続も遅延し、しばらく家族さえ連絡のない環境が続いたので、このように購入したものの時間がとれなくて本棚にしまっておいた書籍をじっくり読むことができた。
読み進めるうちに、私たちが童話によっていかにオオカミのイメージを歪曲して捉えていたか、なぜニンゲンがオオカミをそんなに殺すのかという事実に、幼少期から持つ「最もバカな生物はニンゲン」という価値観がさらに固定されていくことを感じた。
オオカミは恐ろしい生き物でもなければ、邪悪な存在でもない。ニンゲンには失われつつある「愛」や「信頼関係」が強固で、地球と共生している美しい存在だった。
オオカミの目を見つめることは、あなた自身の魂を見つめることである
というアメリカ先住民の言葉があるらしい。彼らはもちろんオオカミを虐殺などしなかっただろう。私が幼少期から尊敬する先住民は、最後の頭の良いホモ・サピエンスだと思っている。
オオカミと彼らは似ているように思う。
アメリカ大陸にやってきた白人たちは、先住民を騙し虐殺し、同じようにオオカミをも絶滅に追いやろうとしてきた。
この本を読んでいて、先住民とオオカミに共通するものがあるのではないかと感じた。
それは、強さであり、愛と賢さも兼ね備えている。
傲慢にも地球を支配できると考え、自分だけが助かるために他を排除し、仲間さえ騙し、必要以上に食べたり土や空や海を独占したがる馬鹿な生き物たちが、自分たちの思い通りにならない強い彼らを恐れ、虐殺することで勝利したと思い込んでいるのではないか。
そして私自身もまんまと童話のイメージからオオカミが凶暴だと思い込んでいた時期があり、荷担者の一人となっていたことを深く懺悔した。
私のような間違いをおかさぬように、学生や子どもを持つ親御さんにぜひとも読んでいただきたい。
小さな子供には多くの写真で楽しんでもらえる本だと思う。
私は今後、先住民同様、オオカミを尊敬する動物の一種だと答えるだろう。
今日も皆さんありがとう。
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