食を大切に 3

夏の夜は、暑くてなかなか寝付けませんが、ここは自然のおかげで朝と夜はきちんと温度が下がり、窓から入る風で過ごすことができます。

全く汗をかかない生活は、昔から好きではありません。

水が豊富な日本では、あたりまえにお風呂に入ることができ、汗を流してから夜風で眠ることができます。

熱帯ばかり好んで訪れるほどフィジーやタンザニアは夏が好きな自分の体質に合っています。

昔どの家も扇風機と団扇だけで過ごしていた、かつてのあの夏が、四季の中では一番好きでした。

ここ20年ほどは不自然な空気と、どんどん酷くなるビルの間の異常な暑さの夜のせいで、日本の夏がいやになっていました。

大好きな夏を求めて、熱帯地域に滞在を繰り返したのです。夜には自然に温度が下がる「熱帯夜」が大好きです。

夏には、夏に必要なものを地球が用意してくれています。食べ物に於いても、ニンゲンが温度管理をしてまで栽培しなければならないものをあまり身体に入れないことです。

アフリカに行けばアフリカのモノを使って料理し、ありがたくいただきます。

 

タンザニアのウガリニャマ

 

 

フィジーに行けばフィジーのモノを使って料理しありがたくいただくのです。

 

フィジーで作った朝食

 

食べる場所は出来る限り地元のローカルレストランや屋台。その土地に融合するには、それが一番だと思います。

ホテルに泊まったりツアーでサービスを求めるような海外旅行には興味がありませんでした。

食の観点から考えても、環境の変化にすばやく自分を適応させるには、日頃からなんでも自分で出来るようにしておくことです。

食が合わないということが、その土地を敬遠させてしまうことがあります。

私は人間よりも土地に愛を持つほうなので、愛する土地に立つために、その土地のものに適応し、暴露したことのない菌とも共存できるような身体とシックスセンスを持つ自分でいたいと幼少期にイメージしていました。

五感と第六感を退化させないことが、生命力の基盤です。それが10歳の頃に決めた『無人島で独り生き抜く力を持つ』ことの核です。

それさえあれば、コニーサン達やシェリーのように、初めて出くわした他生物を、食べるか否かを本能で判断できるのではないでしょうか。

それを確かなものにしてくれたのは、彼ら12匹との生活や、20年農薬や化成肥料を使わずに栽培してきた植物たちなのです。

日本は『食べ放題』で『食べ過ぎ』たり『砂糖依存』の結果『ダイエット』などと騒いだりするような社会なので、あまりにも他生命を軽視して殺して食べているように感じ、食べることに、喜びを感じられずにいました。

矛盾しますが、目標は五感と第六感を退化させずにどんな環境にも適応できるニンゲンになることでしたから、なるべくそれを退化させる怠惰なものを使用しないようにし、時間をかけて丁寧にバランスよく、自分と家族の食事を作るようにも努めました。

何よりの富は健やかな身体で、あとは私のコントロールすることではありません。脳の細胞を劣化させないような食事が大切だと思いました。資格など要りません。中高生が教材として使う、家庭科の『食品成分表』を読み込んでおけば事足ります。あとはシックスセンスで選択していくのみ。

といっても食材のリスク回避は、無駄なエネルギーを永く私に使わせました。

メーカーやスーパーも一つにしぼらず、様々なものを取り入れ、ウイルスや菌、環境などに負けない細胞づくりを食から考えたのです。けれども決して無農薬や無添加ばかりを選んだわけではありません。

そのような中で、思いがけず娘が高校で養豚や農作業に従事し、私自身も先生方や技師さんにお話を伺うことが多くなり、都会では経験できない体験を目の当たりにするにつれ、いかに『家畜』の命や食物に対して『命をいただいている』という意識なく生きている人が多いのかを深く理解するに至りました。

娘の育てていた豚

他生命に報いる生き方をするというそれまでの考えだけでなく、食の背景をもっと考えなくてはいけないと思い始めました。食べる物も、途上国での幾度かの滞在で見直してきたのですが、誰から買うか、どこから買うかと考えても、日本の食事情は信用できません。

この国で生きるなら、出来る限り自分でやることが何においても安全だというところに着地します。

独りなら話は早いのですが、家族や他人と暮らしています。私とは異なる考えの彼らが「ビジネス」の世界で生きたいなら止めることはできません。少しばかりの貨幣を家族が持ってくるのと交換に、質の良い生活を提供し続けられるよう努めています。健康であれば、それぞれが永く自分の好きなように生きることが出来るでしょう。

他人であろうと身内であろうと、共存共栄とは依存することではありません。徹底的な自立の上の役割分担です。自分がやると言ったことは自分でやってもらわなくては、幼児でもない大人の面倒を私が看ることはできません。ですから、徹底的に彼らの身体を守るような生活を創造することは私の重要な仕事の一つなのです。

 

ある日の収穫

 

ブルーベリーの苗が2株、鳥に実を食べられてしまいました。収穫は4粒ほどしただけでした。

地球的に考えるなら、私はまだまだ食べ過ぎています。今回の2株は鳥に喜んでもらえたので良しと考えることにします。

どこかで誰かが独占すると、他の生き物(ニンゲン含む)がそれをゼロに中和させられます。先進国民が独占搾取するから、途上国で別の先進国民が泥棒にやられるのでしょう。自分たちが犯してきたことは、死ぬまでに自分できちんとゼロにしていくべきだと私は考えます。

まず、自分のことができていません。誰かを助けるのはそのあと余裕ができればすることなのでしょう。

とどのつまり、自分のことは自分で完結するようにすれば世界は瞬時に変わると思います。

 

 

今日も皆さんありがとう。

 

 

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