豊かな暮らし

今朝はパンを焼きながら洗濯も済ませました。

朝のうちに畑仕事をしながら、アンディ達の散歩もさせる予定です。

昨日は借りている畑に行ってきました。
車が空いていないので、一週間に一回行けるかいけないか。

 

スナップエンドウとコリアンダー、スイスチャードやタンポポなど、大半は彼らの餌です。今年から不耕起、水やり無し、肥料無しの自然農法に切り替えたので、苺も小粒ですが数十個収穫してきました。

家の畑の苺は、鹿に何度も葉を食べられた後何とか復活させ、いま花がたくさんついています。バラたちも四苦八苦してガードし、復活させ蕾がつき始めました。寒いので以前の土地よりは一ヶ月遅れる感じです。帰宅して収穫した苺をアンディ達にあげると喜んで食べていました。(ほとんど彼らにあげます)

シャイニー、ボサノバを順に家の前の畑に連れ出した後、パンケーキを焼きました。スパイスたっぷりのチャパティのようなパンケーキです。その後、ピティも出してあげたのですが、鳶が降りてきたので急いで家に連れ帰りました。

早朝にエンジェル達を畑で遊ばせたので、これで全員日向ぼっこができました。太陽の恵みは素晴らしいもので、それを人間が奪うなどもってのほかですね。

三次元のシステムに洗脳されている人に合わせた生活と、リアルな生物としての感覚器に従った生き方とはこの国では大きく乖離しています。私が滞在してきた途上国では乖離していない人もまだまだ多くいたように思います。

後者の思考で話をすれば、シンプルに解決できることは多々あります。残念ながら時が進むほどに、ニンゲンがわざと複雑怪奇にしているようにしか思えなくなりました。

それは最も弱く最も覚悟がない生き物であるがゆえの進化(退化)だったのかもしれません。遠く離れた地の資源の奪い合いは動物の縄張り争いと同様だとしても、生きることに必要のないものまで搾取したり、喰うためでない他生物の殺戮を平気で続けるなど、荷担している私たちも一考すべき問題です。ですが荷担していない生き方をしている民族もいて、お節介は無用だと思います。

私たちは、せめてAMISH程度の生活で留めおくことが豊かさの中で生きて逝くひとつの方法ではないかとも思います。

技術や道具に於いても、かつて平和のためにと創造してくれたクリエイターの想いを、どんな思いで受け取り使うのか。それによっても生活は大きく変わるでしょう。地球上に大量のゴミを産み出し続ける人間の世界は、もはや原始に戻ることはなく、単に自給自足をしたから大丈夫という話でもありません。

進化(退化)した先の未来に生き抜くには、やはり科学知識が必須ではないかと思います。

ネットはアルゴリズムで個人の言動検索からの同類項しか視れなくなってきています。いまこそアナログに戻って、紙媒体の古い本から大きな気づきを得る時代かもしれません。

誰にでもある地球が与えた本能で、確かなものを掴みとることは、ちょっとした集中力のみで可能だと思います。

そうやって人も物も生きる場所さえも選び取ることが大切かもしれませんね。

 

今日も皆さんありがとう

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